映画が好きで、こんなブログまで書いていると
時折、質問されることがあります。
「最近観た映画で、一番良かったのは何?」と。
これ、えらい難しい質問なのですが、
今なら簡単に答えられます。
「今年観た映画で、一番良かったのは?」
「それは、『ドリーム』だよ!」
といってもこれ、去年日本公開された作品ですけどね。
ずっと見逃していて、ようやく鑑賞しました。
素晴らしい原題と、底浅く聞こえる邦題
原題は『Hidden Figures』
figures には、「計算、数字」や
「人物」といった意味があります。
そして、映画で描かれているのは
NASA初の有人宇宙飛行やアポロ計画に大きく
貢献した黒人女性3名:
キャサリン・G・ジョンソン
ドロシー・ヴォーン
メアリー・ジャクソン
の人生です。
NASAの中では「伝説」として
刻まれていながらも、アメリカ社会には
広く知られることがなかった
“計算係”を務めた彼女たちの
活躍の物語です。
なので、『Hidden Figures』
っていうのは、非常に良いタイトル。
「隠された人物たち」でもいいし
「隠された計算」でもいい。
それが邦題では、単なる『ドリーム』
ちょっと拍子抜けしました。
その直前までは
「ドリーム 私たちのアポロ計画」
という邦題でPRしていたようですが、
まぁ映画の舞台はアポロ計画以前ですから
訂正が必要であったことは
間違いありません。
いずれにしてもお粗末な話です。
キャッチコピー(↓)も
全ての働く人々に贈る、勇気と感動の実話
何だか企業の感動系CMのようで陳腐な……。
率直に書くと、こうした邦題なんかが
好きになれなくて、劇場に行きそびれて
いたんですよ。
参照記事:オスカー候補作『Hidden Figures』の日本公開が9月に決定 しかし邦題に疑問の声も [update]2017年05月12日 12時00分
鑑賞後は、「この邦題もありだな」と納得
で、ようやくレンタルしてきた『ドリーム』
とにかく感動しました。
時は1961年。
当時のNASAには、「計算係」というポストがあり
メンバーはすべて女性。
一方のエンジニアは、すべて男。
つまり、「計算は誰がやっても同じ。地道で
つまらない計算なんて作業は女にやらせればいい」
という、非常に差別的なポストであったわけです。
さらに、主人公である3人は、全員黒人。
NASAの広大な敷地の西側にある「非白人棟」に
黒人女性だけの計算係があります。
しかし、高度な解析計算ができる人材が
白人側に不足していたことから、
黒人数学者であるキャサリンに白羽の矢が立ちます。
異動先は有人宇宙飛行の中核を担う花形部署。
もちろん、全員白人。
彼女がトイレの場所を、たずねると
問われた白人女性は、
「あなたの使うトイレのことは知らない」
と言われます。
仕方なく、800m離れた「非白人棟」の
トイレまで走って通うキャサリン。
オフィスのコーヒーサーバーに触れると、
次からは「非白人用」のコーヒーポッドが
用意されます。しかも中身は空!
とにかく、黒人差別がヒドイ。
しかし、この映画の主題は
そこではありません。
人種や性別に関係なく、
夢を諦めることなく
困難に立ち向かう人間のドラマなんです。
特典映像として納められている
ドキュメンタリーの中でも
彼女たちが「夢」を成し遂げる物語であると
語られています。
そこまで見ていくとなるほど
邦題を『ドリーム』としたのも
それほど悪くなかったかも、と思うわけです。
彼女たちは「世界を変えよう」としたわけではない
『Hidden Figures』という原題ですが、
NASAが、
キャサリン・G・ジョンソン
ドロシー・ヴォーン
メアリー・ジャクソン
の3名の活躍を、隠ぺいして
きたわけではありません。
それでも、彼女たちの活躍は
誰も知らなかった物語でした。
存命のキャサリンに取材した原作者
マーゴット・リー・シェタリーは
次のように説明しています。
「誰でも宇宙飛行士や科学者や技術者のイメージを持ってるわ。彼女たちが、そのイメージに合わないから注目されず、歴史に取り残されたんだと思う」
原作/製作総指揮 マーゴット・リー・シェタリー
特典映像のドキュメンタリーより引用
完全な男性社会で、黒人差別が
激しかった1960年代。
当時、NASAに黒人女性が働いていたこと自体
あまり知られていなかったし、
白人の最先端事業であり、国の英雄である
宇宙飛行士ジョン・グレンを宇宙に飛び立たせた
人物像としても、「黒人女性」をPRしても
アメリカ社会が受け付けなかったでしょう。
そして長い月日が流れ、2015年11月。
97歳になったキャサリン・G・ジョンソンは、
アメリカ初の黒人大統領である
バラク・オバマ氏の手から
文民最高位の勲章となる「大統領自由勲章」を
受け取ります。
この年、この勲章を受け取ったのは
スティーブン・スピルバーグや
バーブラ・ストライザンド、ウィリー・メイズなど。
長く歴史の陰に埋もれてきた彼女の業績に
一気に光りが当てられたのです。
彼女は、自らの活躍が知られていない年月を
どのように受け止めて暮らしてきたのでしょう…。
彼女は次のように言っています。
「3人の子の母として覚えておいて欲しい。それに勲章をもらった女性としてもね。そしてもう1つ。慎重な計算係としてもよ。初の有人飛行に携わった」
キャサリン・G・ジョンソン
特典映像のドキュメンタリーより引用
この力強さ。
映画本編を観た後でこのコメントを聞くと、
再び涙腺が緩んじゃいます。
そして、ドロシー・ヴォーンもすごい。
彼女は、NASAに搬入された
IBMのメインフレームに「計算係の仕事が奪われる」
という可能性が判明するとすぐに行動に移します。
彼女は図書館の「白人用」の書架から
プログラミング言語であるFORTRANの専門書を
無断借用し、学習。
彼女の部下たちにも、
「メインフレームを使いこなす側」に立てるよう
FORTRANを学習させます。
その甲斐あって、白人たちが「動作させる」こと
さえできずにいたIBMのメインフレームを預かる
室長として、NASA初の黒人管理職に就きます。
もう1人。
メアリー・ジャクソンは、
全米初の女性航空技術者になり、
後進の育成にも当たるようになります。
彼女たち3人が成し遂げた出来事は
まさに、黒人社会、女性社会における快挙!
しかし、3人が目指したのは社会変革では
ありませんでした。
主演を務めたタラジ・P・ヘンソンは言います。
「3人はありのままでいた。“世界を変えてやる”なんて思ってなかった。ごく普通の女性たちが、その才能で偉業を達成したのよ」
キャサリン・G・ジョンソン役 タラジ・P・ヘンソン
特典映像のドキュメンタリーより引用
この映画を貫くのは、自分の人生に誠実に
向き合い、困難を人のせいにせず、
自分にできる限りの努力を、惜しみなく
続けていく、3人の真摯な姿であり、
愛情と友情による支え合いの姿です。
書きながら、涙腺緩んできました。
最後に、この映画の素晴らしさを
端的に表しているコメントを紹介します。
「人種も年齢も関係ない。自然と登場人物に共感できるし、3人が障害にどう立ち向かったかが分かる。彼女たちのように自分んも立ち向かおうと思うはず」
メアリー・ジャクソン役 ジャネール・モネイ
特典映像のドキュメンタリーより引用
おススメです。
【作品メモ】
2016年・アメリカ。マーゴット・リー・シェタリーの著したノンフィクションを映画化。限られた時間内で分かりやすく見せる演出ゆえに、映画中の設備や時間軸などには、史実との相違もある(Wikipedia参照)。2017年 第89回アカデミー賞 「作品賞」「助演女優賞」「脚色賞」ノミネート。
【監督】セオドア・メルフィ
【原作】マーゴット・リー・シェタリー
【脚本】アリソン・シュローダー:マーゴット・リー・シェタリー
【製作】ファレル・ウィリアムス:ドナ・ジグリオッティ:ピーター・チャーニン:ジェンノ・トッピング:セオドア・メルフィ
【製作総指揮】ジャマル・ダニエル:ルネー・ウィット:イヴァンナ・ロンバルディ:ミミ・ヴァルデス:ケヴィン・ハロラン
【撮影】マンディ・ウォーカー
【音楽】ハンス・ジマー:ファレル・ウィリアムス:ベンジャミン・ウォルフィッシュ
【キャスト】キャサリン・G・ジョンソン/タラジ・P・ヘンソン:ドロシー・ヴォーン/オクタヴィア・スペンサー:メアリー・ジャクソン/ジャネール・モネイ:アル・ハリソン/ケビン・コスナー:ヴィヴィアン・ミッチェル/キルストン・ダンスト:ジム・ジョンソン/マハーシャラ・アリ ほか
■Blu-ray発売元: 20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
本編:126分