私は、故ポール・ニューマンが大好きで、彼の作品のうち、どれを最初にブログに書こうか迷ったのですが、まずはこの『評決』(1982年制作)を紹介したいと思います。
法廷劇の傑作です。
主演のポール・ニューマンも、「忘れがたい役だった」と語っています。
この映画は、大きな病院の医療ミスを暴くことができるかどうかという法廷での駆け引きを主軸にストーリーを構成していますが、それが主題ではありません。
この映画を一言で表すならば
「(陪審制を前提として)法の正義を強く願う物語」
というところでしょうか。
さらに言うと、「社会の不平等に対する、市民の願い」を非常に落ち着いたトーンで、人間味豊かに描き上げた作品なのです。
アメリカの人たちは、弁護士に対してあまり良いイメージを持っていないと聞きます。「世の中を良くしたかったら、弁護士を減らせばいい」というジョークを、何かの本か映画で見聞きした記憶もあります。法律も裁判所も、市民が安全に生活する社会を保つために必要な機能ですが、そこにはしかし、高いギャランティで優秀な弁護士を雇った強者の方が圧倒的に有利であるという、不平等な現実があります。この映画では、そうした不平等を前に、私たち個人個人が、いかにして自分の正義、そして法の正義と向き合うべきかを、静かに訴えてくるのです。
日本で2009年から施行されている裁判員制度は、厳密にはアメリカの陪審制とは異なります。なので、陪審員(という個人)の存在が大きな役割を担うこの作品に対する直観的理解は難しいのかもしれません。ネットを少し検索すると、「ラストが強引だ」という文章がいくつかありました。しかし、アメリカでベストセラーとなった小説を基にしており、脚本の時点から非常に魅力が強く、“大御所”であるフランク・シナトラが「タダでも出演したい」と申し出て来たほか、ダスティン・ホフマンやロバート・レッドフォードなど、名だたるスターが大いに興味を示した内容。
そして、ポール・ニューマンを主演に推したのが、監督のシドニー・ルメット。
彼は、Blu-rayに特典として収録されているドキュメンタリーの中でこう言っています。
主人公は魅力を秘め、中も外も美しくなければならない。それにピッタリなのは、人間としても俳優としてもポールだ。だから、彼がすぐに浮かんだ。
陪審制と法の正義を扱った映画としては同じくシドニー・ルメット監督の傑作『十二人の怒れる男』(1957年制作)が有名ですが、『評決』は、もう少しウェットに、分かりやすく、観客に法の正義を訴えます。
ポール・ニューマン演じるフランク・ギャルビンは、過去の成功にすがり、アルコールを欠かすことができない落ちぶれた初老の弁護士。彼が、病院の医療ミスを追求する裁判に取り掛かるのです。
対するは、名優ジェームズ・メイソン演じる大物弁護士・コンキャノン。彼の事務所はまさに完璧な体制で圧倒的な勝率を誇り、クライアントの勝利を保証します。そう、コンキャノン陣営にとって大切なのは、クライアントを守ること。つまり弁護側の勝利にあって、実際に、どのような医療ミスが起きたのかは、問題ではないのです。
コンキャノンの事務所で裁判の対策を練るシーンは、しかし非常に勉強になります。がっしりと利益を守るビジネスの進め方の、お手本のようにも見えるのです。
片や落ちぶれた個人事務所。
片や負け知らずの大事務所。
裁判は、常にフランクに不利に進みます。要所要所で重要な事実を示し、証人を呼ぶのですが、周到なコンキャノンの前に潰されていきます。しかし、観客の心にはフランクが主張する真実が見えています。同じく、劇中の陪審員の心にも、真実のかけらは届いています。
そして、圧巻なのが最終弁論のシーン。
美しく、胸に響くセリフと、ポール・ニューマンの圧倒的な演技力が、私たち一人一人が、自分の人生と、その人生で貫くべき正義について考え至らせ、心を鷲掴みにして放しません。
以下、最終弁論を書き起こします。
我々は絶えず暗闇で迷っています
そして神に祈ります
“正義と真実をお示し下さい”しかし正義はなく
貧しい者は常に無力です絶えずウソを聞かされいていると
我々の中で何かが死んで
こう思うようになります
“私は犠牲者だ”そう思ったら
本当に弱い人間になり
自分の信念を疑いますこの国の制度を疑い
法を疑います今日の法は あなた方です
あなた方が法です
法律書でも弁護士でもなく
大理石の胸像でもなく
法廷でもありませんそれらは我々の願いの象徴に過ぎません
正義への願いです
願いというより
祈りと言うべきかもしれません正義を切に願う祈りです
教会の教えでは
“信仰のあるがごとく行えば
信仰は君のものとなる”もし正義を信じたいと願うなら
まず自分自身を信頼し
正しく行動するのです正義は誰の心にもあるのです
(字幕翻訳:戸田奈津子)
私は、このシーンが大好きで、この作品を何度も見返してきました。そして、その度に、自分を信じる力をもらって来たように思います。
そして、この最終弁論のシーンが活きているのは、作品全体のシナリオと演出プランが非常に周到にできていて、名優たちが、素晴らしい演技で肉付けしているからにほかなりません。
おススメです。しかも、今Amazonで見たら、927円で買える!(私が買った時はいくらだったかしら…)。私はDVDから買い替えでしたが、その価値はあります。照明や構図をしっかりと計算して撮影された映画、それも名優たちの演技が光る作品であればなおの事、高画質で画面の隅々まではっきり見えると、伝わってくる素晴らしさが増すものです。
【作品メモ】1982年制作のアメリカ映画。作品賞、主演男優賞を含めてアカデミー賞に5部門ノミネートされるが、リチャード・アッテンボロー監督の『ガンジー』の前に受賞を逃している。
【監督】シドニー・ルメット
【キャスト】フランク・ギャルビン/ポール・ニューマン:ローラ/シャーロット・ランプリング:ミッキー・モリッシー/ジャック・ウォーデン:コンキャノン/ジェームズ・メイソン:ホイル判事/マイロ・オシェイ
【脚本】デイビッド・マメット
【原作】バリー・リード
■Blu-ray発売元:20世紀フォックス ホーム エンターテインメント ジャパン株式会社
本編 129分
【収録特典】シドニー・ルメットとポール・ニューマンによる音声解説:メイキング・オブ・『評決』:ポール・ニューマン 演技を語る:シドニー・ルメット 演出を語る:映画史に残る名画『評決』:ハリウッド映画の舞台裏『評決』:オリジナル劇場予告編