ノーベル文学書を受賞した、カズオ・イシグロ氏の代表作と称される、同名小説の映画化作品です。
恥ずかしながら、私、原作本を序盤だけ読んで、積読しっ放しなのですが、この映画を観ただけでも結構満足しています。とても抑制された語り口と、素晴らしく計算された構図、美しさの中に絶えず孤独と緊迫感が漂う映像。そして、登場人物たちの人生の喜びと希望と絶望を訴えかけてくる役者陣の名演。
とにかく静かな映画です。
そして、映像のひとつひとつが本当に美しく、伝統的なイギリスを感じさせるようでありながらも独自性が際立っています。ハリウッドでは、多分作れない映画です。
特典映像として収録されている「『私を離さないで』制作秘話」を見ると、脚本家(カズオ・イシグロ氏の友人)をはじめ、制作陣全員が、原作に最大限の敬意を示し、ブッカー賞を受賞した原作小説が読者の感情を深く揺さぶった、その根源をうまく映画化することに全力を傾けたことが分かります。主演のキャリー・マリガンは、2005年に原作が発売された時にすぐ「キャシー・Hを演じたい」と思っていたそうです。
カズオ・イシグロ氏自身も、次のように語っています。
映画の出来には驚かされたよ
小説と違うところを探す方が難しいそれでもあえて違う面を探すとすれば、
人物の描き方かな俳優の演技には感心した
若い世代の俳優たちには
何か違うものを感じるうまく説明できないが
オリヴィエ世代とは違っている
ジュディ・デンチやマギー・スミスとも違っている
(中略)
いわば 新たなイギリス人俳優のスタイルが見られるよBlu-ray特典「『私を離さないで』制作秘話」より引用
作品のあらすじは、下の方の「作品メモ」に記しておきますが、2016年にTBSの金曜夜に、綾瀬はるか主演でドラマ化されたこともあるので、この物語の設定をご存知の方も多いと思います。TBSのドラマは低視聴率に終わったようですが、このドラマを「見ていた」という人には、ひとつお願いがあります。それは、綾瀬はるか主演のドラマの映像などは一切忘れて、この映画を観ていただきたいということです。
物語の設定を一言で表すと「臓器移植のために育てられたクローンたちの物語」となってしまいます。多くの方にSF的なエンターテインメントを想起させると思うのですが、ちょっと違います。この作品における設定は、人生が有限であることを強く認識させ、人間味溢れるクローンたちが、人としての扱いを受けず、深い孤独と絶望を根底にかみしめていることに向けられています。主眼は、「人間の感情」にあるのです。
映画の雰囲気をより正確に伝えるために、主演の一人であるキーラ・ナイトレイの言葉を借りたいと思います。
すばらしい設定だと思ったわ
世界観だけ見ればSFなのクローンの話だったら、普通は無機質な世界を思い浮かべる
初めて本を読んだ時
そういう世界が頭に浮かんだでも本作はパラレルワールドなの
1950年代にクローン生産が始まり
1970年代にはすでに当たり前のことになっているそうした過去の設定が面白いと思った
レトロな雰囲気もあって
より違和感を覚えるわこの時代に設定したのは奇抜なアイデアだったと思う
(中略)人間の命を描いた作品よ
誰もが死ぬけれど
その意味は理解していない死ぬことは分かっているけど
理解できていない
逃げることもできない映画の設定は普通じゃないけれど
結局は同じ人生なの死を迎える時期は普通より早いかもしれない
でも あらがうことはしない拒否したり逃げたりもしない
死を受け入れるしかない環境に彼らはいるの
Blu-ray特典「『私を離さないで』制作秘話」より引用
そのほか、この映像特典にはカズオ・イシグロ氏が原作について語る等、非常に貴重なコメントが詰まっているのが、Blu-rayのうれしいところ。
おススメです。個人的には、校長先生を演じるシャーロット・ランプリングの冷たい目線にゾクゾクしました。
■作品メモ
2010年のイギリス映画。日本公開は2011年。
原作小説は《タイム》誌のオールタイムベスト 100(1923~2005年発表の作品が対象)に選ばれたほか、《ニューヨーク・タイムズ》《パプリッシャーズ・ウィークリ ー》《シアトル・タイムズ》《グローブ・アンド・メール》の主要紙誌においても2005年のベストブックの一冊に選定された。また、ヤングアダルトの読 者に読ませたい成人図書に与えられるアレックス賞を受賞したほか、ブッカー賞、全米批評家協会賞、コモンウェルス賞、BBCブッククラブ賞の最終候補に もなるなど、2005年に発売された英語圏の小説でもっとも話題になった一冊。 (amazon掲載の「出版社のコメント」を参照)
外界から隔絶した寄宿学校ヘールシャムは、他人に臓器を“提供”するために生まれてきた〈特別な存在〉を育てる施設。キャシー、ルース、トミーは、そこで小さい頃から一緒に過ごしてきた。しかしルースとトミーが恋仲になったことから、トミーに想いを寄せていたキャシーは二人のもとを離れ、3人の絆は壊れてしまう。やがて、彼らに逃れようのない過酷な運命が近づく。ルースの“提供”が始まる頃、3人は思わぬ再会を果たすが……。(Blu-rayパッケージ裏面より、あらすじ引用)
【監督】マーク・ロマネク
【脚本】アレックス・ガーランド
【原作】カズオ・イシグロ
【製作総指揮】アレックス・ガーランド:カズオ・イシグロ:テッサ・ロス
【キャスト】キャシー:H/キャリー・マリガン:トミー/アンドリュー・ガーフィールド:ルース/キーラ・ナイトレイ:校長先生/シャーロット・ランプリング
■Blu-ray発売元:20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
本編:104分
<特典>
●『わたしを離さないで』製作秘話
●フォト・ギャラリー:マーク・ロマネク監督による撮影風景
●トミーのスケッチ集
●国立提供者プログラム&ヘールシャム・キャンペーンポスター集
●オリジナル劇場予告編
※上記すべてブルーレイディスクのみの特典